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10号線にて

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写真は宮崎と大分の県境で撮ったもの。山間を縫うように延びる国道10号線から見える景色は,豊かな緑と渓谷が美しい。蝉の鳴き声が聞こえるものの,西南戦争のとき戦場になったことが遙か昔のことのように感じられる静けさだった。

足摺岬

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夏休みを利用して高知に墓参りに行った。沖永良部島にいた頃はほとんど行けず,5年ぶりの訪問である。鹿屋市から大分県佐伯市まで6時間,佐伯ー宿毛フェリーを利用し,宿毛から高知市まで4時間という長旅。これはしんどいと思い,四万十市で一泊することにした。
 足摺岬に行った。最後に行ったのは小学校4年生だったと思う。以前もあったのかもしれないが,いろいろなものが新鮮だった。ジョン万次郎の銅像もその一つ。アメリカの捕鯨船に助けられるという奇跡はあったものの,あの時代によくあれだけの冒険ができたものだと思いをはせた。

雨雲の上

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7月13〜17日にかけてグローバル・ハンズオンユニバース大会(GHOU)が国立天文台他で開催された。ハンズオンユニバース(Hands-on-Universe)は米国で始まった科学(主に天文)教育プロジェクトである。米国やEU,中国,ロシア,パキスタン,ケニヤなどからの参加者により,インターネットを利用した天文教育について各国の活動報告や最新のプロジェクトについて発表があった。エキサイティングな発表内容に加え,発表者の科学教育に対する熱い思いに大いに刺激を受けた。
 非常に充実した5日間であったが,生憎の梅雨模様。外国の方たちはどうしてこんなに雨ばかりなのだろうと思ったのではないか。帰りの飛行機が雲上に達したとき,空の青がとても清々しかった。

ヤモリの指ー生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー(書評)

ヤモリが天井に張り付いていられることや,ハスの葉が汚れていないことに疑問を感じた人は多いだろう。それらの疑問は,電子顕微鏡によりヤモリの手やハスの葉表面のナノレベルの構造が明らかになることで,解き明かされた。それでは,それらを応用して新たな素材が開発できるのではないか。このような,自然から学び新たな技術を得ようとする考えや研究分野をバイオ・インスピレーションという。まだ新しい研究分野といえるバイオ・インスピレーションの現状を,本書は実に興味深く紹介している。
 ハスの葉が汚れにくいのは,なめらかに見える葉の表面に,まるで剣山のような微細な突起があり,これらが汚れをまとった水をはじくからだ。この技術はすでに家の外壁や便器などに利用されている。また,ヤモリがあらゆる壁をはい回ることができるのは,先端が百ナノメートル程度の細さに枝分かれした毛がつま先部分に密集しており,この毛先と壁面との間で分子間力という引力が生じるからだ。ヤモリの手の構造を利用することで,剥がすときに痛くない絆創膏が開発できるのではと研究されているが,今のところ実用化されていない。
 ヤモリの手のように,バイオ・インスピレーションの中には,構造や原理はわかっているが実用化できないものも多い。なぜなら,自然が実に器用に複雑なナノレベルの構造物を作るのに対して,人間の技術はまだまだ未熟だからだ。このような事実に気づくと,自然の偉大さを感じずにはいられない。
 科学技術そのものに閉塞感を感じる人が多い現代において,バイオ・インスピレーションは実に魅力的で,注目すべき分野である。本書は,その一部を実に生き生きと伝えてくれる。
 日本でもバイオ・インスピレーションの研究に携わっている人は多い。その1人,東北大学大学院の石田秀輝教授は,ネーチャーテックというwebページでバイオ・インスピレーションの事例を数多く紹介している。本書に興味を持った人は,ぜひ見てほしい。(ヤモリの指ー生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー,ピーター・フォーブズ著 ,吉田 三知世 訳,早川書房)

お絵かき

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4月中旬,霧島に行った。豊かな緑の中を快適にドライブ。窓を開けると,まだ冷たい風が心地よかった。
 ホテルに着いたのは夕暮れ時。満開の桜がとてもきれいだった。息子とともに桜を見上げていたところ,飛行機が現れた。濃くなった青い空に映える,ほんのり桜色の白い飛行機雲に目を奪われた。なぜ飛行機が通るところに線ができるのかと息子が聞いてきたので,私は何でだろうねと答えた。何か考えていたのか,しばらく黙っていた息子が口を開いた。
 お絵かきしているね。

鹿屋にて

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鹿屋市に住み始めて1ヶ月が過ぎた。沖永良部島ではどこからでも海が見られ,海の碧を見ると何とも言えない気持ちよさを感じた。しかし,鹿屋市は盆地である。どの方向にも山。山並みの美しさと新緑が新鮮だ。
 もう一つ気づいたことがある。鹿屋市の夜は静かだ。沖永良部島の方が静かではないかと思ったが,実は沖永良部島,夜になると波の音が響き渡る。初めの頃は波のゴォーッという音を不思議に思ったものだ。
 沖永良部島の写真をまとめ,ホームページに沖永良部島のページを作った。これで沖永良部島もいったん終わりと思うと,感慨深いものがある  
 今は懐かしいこと,新鮮なことが数多くあり,実に楽しい。

ウミガメライブ終了

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4月10日をもって,ウミガメライブのサイトを閉鎖した。ライブ中継自体は昨年7月に終了し,ライブ中継基地があった場所は草むらになった。自然に与える影響を最小限に自然を体験するという理念が見事に感じられる。
 沖永良部島の豊かな自然はすばらしい。ウミガメライブはその恩恵を受けた。もちろん,ライブ中継をするためには沖永良部島の島民の協力や,スポンサーによる多大なる援助,自然をできるだけ多くの人々と共有したいというスタッフの情熱が必要だった。さらに,沖永良部高校科学クラブの活動や情報発信,同じ映像を見て感動を共有できる視聴者も欠かせない。ウミガメライブは実に多くのものに支えられて続けられた。このような機会に恵まれたことを感謝している。
 次は何をしようか。どんな出会いがあるのか。楽しみだ。

離島

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沖永良部島を離れて早くも2週間が経とうとしている。まだ開いていない段ボール箱があるので,家の中は落ち着かない感じだが,こちらの生活にも慣れてきた。しかし,暖かい沖永良部島の海に入りたいとふと思うことがある。
 27日に荷出し,29日の船で和泊港から出港した。サッカー部を中心に多くの生徒や保護者,友人,同僚が来てくれた。港から離れ,人が点に見えるまで手を振った。30日朝に鹿児島港に入港,そのまま垂水フェリーを使い鹿屋市に向かった。
 徳之島の亀徳新港を出港したあと,クジラの群れと遭遇した。間欠泉のように次々と潮を吹いていたが,しばらくすると全く見えなくなった。北に向かう時期なので,海に潜ったのだろう。6年間見たいと思い続けたクジラと,このような場面で遭遇するとは思いもよらなかった。

エラブでのダイビング

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久々に晴れた休日。今日こそは潜らねばと思い,ダイビングに行ってきた。でーまたという,以前紹介したポイントで潜ったが,今回はボートでのエントリー。同じポイントでも随分感じ方が違うものだと思った。水温は20度くらいと,1年で一番低い時期ではあるが,イソマグロの大群も見られ,海の中も春が近づいてきた様子。気持ちの良いダイビングだった。
 いよいよ沖永良部島を離れる日が近づいてきた。今回で島民としてのダイビングも最後になるだろう。しかし,近いうちにこの海に帰って来られそうな気がする。また,この光景を見たいものだ。

ヤツガシラ

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ヤツガシラがいた。6年前に,同僚が興奮しながら珍しい鳥だと教えてくれたことを思い出した。調べてみると,日本には生息していない鳥らしい。土中の虫などをとがった嘴で啄んでいた。
 頭部の羽が開くのにどのような意味があるのだろう。時折開くその姿を撮ろうとするのだが,なかなかタイミングが合わず難しかった。日本には迷鳥として訪れるそうだが,今度はいつ見られるのだろう。

ホンソメワケベラ営業中

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先日のオニヒトデ駆除のとき,岩陰を除いたら魚が一列に並んでいた。よく見ると,ホンソメワケベラがクリーニングしている最中だった。一匹が終わると,次の魚が前に出る。ホンソメワケベラも,次の魚のところへすぐに移動する。岩陰がホンソメワケベラのお店のようになっていた。順番を待つように,魚がじっとしている様子は非常に愛らしい光景。
 これは写真を撮らなければと思い,カメラを向けたところで私に気づいたようだ。あっという間に魚はいなくなった。

珊瑚守り隊3/11(Final)

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屋子母海岸という,沖永良部島西側の海岸でオニヒトデ駆除を行った。赴任した頃,沖永良部島の海はなんてきれいなんだろうと感じた海岸である。波が高く潮の流れもあったので,コンディションはあまり良くなかったが,美しいサンゴや魚を見ながら駆除をした。
 昼間のオニヒトデは,写真のように岩陰やサンゴの隙間にひそんでいる。したがって,潜って岩陰やサンゴの隙間をのぞき込む作業が必要である。珊瑚守り隊に参加し始めた頃は,目が慣れていなかったので,全く見つけられなかったことを覚えている。
 今日で珊瑚守り隊に参加するのは終わりだ。海の仲間がたくさんできたことと,海で多くの経験ができたことに感謝している。

花の季節

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沖永良部島は今,花の季節を迎えている。フリージアやテッポウユリ,カサブランカ,グラジオラスなどの出荷で,花農家は忙しいことだろう。つぼみの状態で出荷するので,畑に花は見られない。沖永良部島は花の島という噂を聞いて,赴任前はオランダのチューリップ畑のようなものを想像していた。実際に花が見られるのは,道路脇に植えてあるものや居酒屋,各家庭に飾られる切り花である。それでも花の島を実感させるのに十分である。香りもすばらしい。
 清々しい花の香りに気づくと,落ち着きと華やかさを感じる。

ウミガメ

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週末,天気が良かったのでフーチャに行き,昼食を取った。陸上では放し飼いの山羊が草を食べいた。青い海には茶褐色のウミガメが呼吸のため浮いている。南風が強かったものの,実にのどかな時間を過ごすことができた。

サンゴ守り隊2/25

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今回は島の東側にあたる国頭の海岸で泳いだ。近くにはフーチャと呼ばれる波の浸食でできた洞窟がある。サンゴがあまりなかったので,オニヒトデはあまり取れなかった。しかし再生してきているのか,サンゴの小さなかたまりがあちこちで見られた。画像はオビテンスモドキの幼魚である。泳ぐ姿は漂う海藻のようだった。
 私は9時過ぎに現場に着いたのだが,8時半から30分ほどクジラが沖の方にいたそうだ。またしても見逃してしまったが,泳いでいるときに聞こえた音はクジラの鳴き声だったと確信した。それにしても,いつになったらクジラが見られるのだろう。

サトウキビの花

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沖永良部島の2〜4月は農繁期。サトウキビ,エラブユリなどの花,ジャガイモなどの季節である。画像はサトウキビの花。同じイネ科のススキと同じような花だが,空に向かってまっすぐに伸びる様子は見ていて気持ちが良い。まもなく刈り取りが始まり,サトウキビをいっぱいに積んだトラックがエラブ中を走り回るだろう。

サシバ

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沖永良部島に冬が訪れると,サシバがやってくる。小型の猛禽類でカラスより一回り大きいくらい。ピックィーと鳴く声が印象深い鳥である。沖永良部島で越冬し,北に帰って行く。
 サシバが訪れるとシイラが捕れるという。シイラは全長2mにも達する魚で,取れたてが特に美味しいので「今朝捕れたシイラですよ」と勧められることもある。奄美大島出身の先生は,奄美大島以南にはサシバ文化圏があるという説を唱えている。サシバとシイラを関連付け,共通の文化があるというものだ。
 暖冬の今年,サシバは例年より早くエラブを離れるのだろうか。

珊瑚守り隊2/11

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日曜日,オニヒトデ退治に行ってきた。と言っても,私は風邪をひいていたので海には入らなかった。美瀬(びし)の浜という島の東側の海岸で駆除を行ったところ,70匹以上のオニヒトデが駆除された。今年一,二を争う捕獲量である。
 オニヒトデは緑色の面を表に,オレンジ色の突起がある面を岩に向け貼り付いている。緑色の面は,個体によっては鮮やかな青のものもある。緑色の面の棘に毒があり,刺されると随分腫れるそうだ。棘は堅く,靴底さえも突き抜けるという。裏側のオレンジ色の突起は吸盤になっており,岩にぴったりとくっついている。吸盤の力は強いので,オニヒトデを捕ろうとすると身が裂けてしまうことがある。そうなると,かえって数を増やすことになってしまう。
 なぜこれほどの量のオニヒトデが採れたのか。この浜はきれいで珊瑚がやられていないからだとみなで話し合った。

2月12日の日没

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夕方,クジラを撮影するためカメラを持って出かけた。ところがクジラはどこで見られるか分からない。撮影場所を探し,海岸通りを車で走っていると,空が海との境目まで澄み切っていることに気づいた。ついでに海に沈む夕日を撮ろうと思い,知名町西側の海岸へ向かった。
 期待通りの夕日だった。海面に映った夕日も美しかった。やがて沈む太陽は海面とくっつき始めた。画像はその様子である。
 海面に沈む夕日を撮影することは意外と難しい。たいてい海面に沈む前に雲の中に消えてしまうからだ。この機会を逃すものかとシャッターを切り続けたが,残念なことにカメラのバッテリーが切れた。
 本命のクジラははっきりとは確認できず,写真を撮ることはできなかったが,美しい夕日に大満足だった。次はいつこのような機会に恵まれるのだろう。

カノープス

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画像の中央にあるのはカノープス。太陽を除くと全天2位の明るさを誇る恒星である。残念ながら南の低い位置にあるため,東京などでは見ることが困難な星の一つである。そのためか,この星を見ると長寿になると言われており,中国では長寿星とよばれている。カノープスが見られる場所は緯度が低く温暖なので,長寿の伝説が生まれたのだろうか。沖永良部島には元気なご老人が多い。

M42

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冬の天の川がはっきりとわかるほど,昨夜は星がきれいだった。たまらず夕食後,写真を撮りに出かけた。賑やかな南の空では,一等星が競い合うように輝いていた。
 ようやく三脚の使い方になれてきたようだ。それほどぶれずに撮像できるようになってきた。自宅で画像をコンピュータで表示してみたところ,M42が色づいているのには感動した。少し腕が上がってきたのだろうか。

2/7の夕暮れ

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この数日,快晴が続いている。今朝の朝日も美しかったが,日没後は,空の縁を彩る赤銅色から濃紺へのグラデーションと,他の星を圧倒するような金星の輝きに目を奪われた。しばらく眺めていると,静寂を目で感じているような気がしてきた。

100ダイブ!

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ウミガメライブのファンで,ライブ映像を見てから海に興味を持ち,ライセンスを取得した方がいる。この5年間(実質4年程度)で100ダイブ。初めて潜った海が沖永良部島だったこともあり,100ダイブ目のために来島した。先週は冷たい北風が吹いていたが,土曜日から天候が穏やかになり,海の状態も良くなった。そこで,土曜日の午後は私も一緒に海に入った。
 水温21℃,ギンガメアジは20〜30mのあたりを渦巻いていた。遠くでクジラの鳴き声も聞こえていたようだ。写真はそのとき撮ったベニゴンベである。
 島に住んでいると,ついついダイビングはいつでも行けると思ってしまう。その結果,6年で40本。100本にはとうてい及ばない。島にいる間にできるだけ潜らねばと思った。

東日本と西日本—列島社会の多様な歴史世界 (書評)

本書では,専門家がそれぞれの立場から,日本の歴史や文化,風俗について東西を比較して論じている。
 東西の差異には,大きく二つに大別される異種族が日本民族を構成していることと,日本への文化や技術の流入が西からということが,大きく影響している。
 言葉のアクセントや,「買った」と「買うた(コウタ)」などの言葉の変化を元に,方言を東西に分ける境界線を引くと,その全てが長野県西部県境を通るそうだ。その境は,室町時代末期に渡来したキリシタンによる精密な記録や,万葉集で東歌として集められた地域の西端とも一致している。なぜこのような境界線ができたのか。これには,日本人の祖先がどこから来て,どのように分布したのかということが関係しているようだ。日本人の頭のかたちや体型などからも,東と西の差異が見られるという。
 古来より文化や技術は,朝鮮半島経由や南蛮貿易により日本へ流入してきた。そのため,初期には西国に強い勢力(大和朝廷)が現れ,その勢力により東国は征服される。征服された東国の人々は,防人として酷使される。ところが,同様に征服されたクマソには,過酷な措置は執られていない。その背景には,同族として意識がはたらいたのではと考えられている。このように,源平の争いや明治の動乱など,日本史を東西の対立という視点で見るとおもしろい。
 我々が日本の歴史や文化を考えるとき,ついつい日本人を単一のもとして考えがちである。本書は日本の多様な構造を浮き彫りにしてくれる。(東日本と西日本—列島社会の多様な歴史世界 ,大野 晋, 宮本 常一 他著,洋泉社)

久々に快晴!

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沖永良部島の冬の天候はあまり良くない。聞いた話だが,沖永良部島あたりは西日本を覆う高気圧の縁になるので,天気が不安定なるそうだ。いつかきちんと調べてみたい。
 今日は久々に晴れた。あまりの気持ちよさに写真を撮った。赴任した頃は物珍しかったハイビスカスも,今は見慣れた風景。しかし,今日はハイビスカスの赤に目を奪われた。風は冷たいものの,太陽光がさんさんと降り注ぎ,緑の葉が光り輝く様子は,まさに南国のイメージそのものだろう。

初泳ぎ

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今年2回目のオニヒトデ駆除があった。私は前回行けなかったので,今回が初参加,しかも初泳ぎである。しかし,生憎の雨。時折強雨の荒天である。最近購入したインナーとフードが役に立った。
 笠石公園の海岸で駆除を行ったが,オニヒトデはいなかった。代わりに珍しいものを見つけた。クロスズメダイの幼魚だ。全身青の成魚とは異なり,白い体に青みがかったひれ,背中の黄色が鮮やかだった。大きさは5cmくらいだろうか。
 オニヒトデは一匹も捕れなかったが,トビキラザ(巻き貝の一種)は大量に取れた。

謹賀新年

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2001年4月,機上から見た沖永良部島はまるで海に貼り付けたシールのようで,初めての土地での生活を心細くさせるのに十分だった。あれから5年が経過し,6回目の正月を島で迎えている。始めに感じた不安はわずかな期間で払拭され,島での生活を謳歌している。普段は特に島で生活をしているという意識はない。島での生活を感じるのは,海で泳いでいるとき,マンゴーやパッション,ユリなどの花を山ほど頂いたときなどである。
 テレビで報道される年末の喧噪,初商いの行列は無縁の話である。帰島した親戚と家の中で飲むせいか,島の正月は驚くほど静かである。ゆったりと流れる時間に身を任せていると,実に落ち着いた気分になれる。
 みなさまにとりまして,今年1年が良い年になりますように。

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