寅彦と冬彦(書評)

土曜日, 9月 30, 2006

書評

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 寺田寅彦は明治から昭和にかけて活躍した物理学者。同時に,優れた随筆家としても知られており,その文才は夏目漱石に愛されたほどです。一見相反するような2つの才能を持ち合わせた寅彦について,本書の中で作家や俳人,研究者らがそれぞれの思いを語っています。
 若き日の寅彦が行ったX線結晶解析は,物理学がマクロなものからミクロなものへ向かう当時において先進的なものでした。同研究でノーベル賞を受賞したブラッグ父子に遅れること数ヶ月。わずかな差で栄誉を逃しました。通信機器が十分に発達していなかったこと,日本での物理学の歴史が浅かったことを考えれば驚異的なことです。しかし,なぜかその後は金平糖や割れ目,墨流し,火花などを研究テーマとして物理学の本流から外れていきますが,それらのテーマはコンピュータが発達した現代において,非常に興味深いものです。寅彦の先見の明には驚かされます。寅彦の先見は随筆にも現れており,現代ではカオスやフラクタルで扱われる事象や,大陸移動説を示唆する内容まであります。本書の編集者である池内了氏は,寅彦の随筆を科学の宝庫と表しています。
 寅彦は自然の神秘を化け物と表しています。「科学の目的は実に化け物を探し出すことなのである。この世がいかに多くの化け物によって充たされているか教えることである」 自然を愛していた寅彦は,化け物の存在から目を背けることができなかったのでしょう。身の回りのあらゆるところに潜む化け物を探し出しては,研究テーマとしたり,随筆に記したりしたのでしょう。さらに,絵画や音楽,映画にまで何らかの化け物を見たのではと感じます。
 本書では,様々な分野の識者が,寅彦に潜む化け物をあぶり出そうとしているように感じます。私自身,寅彦の中にどんな化け物を見るのか楽しみです。買いためた寅彦の随筆集をじっくり読んでみよう。(寅彦と冬彦,池内了編集,岩波書店)

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